会のあゆみ

戦前、戦後を通じて眼科医は少数で、外科、内科、外科の先生が兼業したり、医介補の先生が眼科をしていた時期が長かった。
昭和53年頃は開業医9人、大学病院に2人、県立病院に2人いるのみであった。

その後、大学病院の眼科入局が少しずつ増え、また県立中部病院から眼科研修後の医師が出たり、また本土の大学卒業生の帰沖があり、充実していった。

会員が増えるにつれしっかりとした組織を作ろうということで、昭和55年(1980年)に会則を制定し、沖縄県の眼科医会として正式発足の運びとなった。
それ以前は眼科医の集まりとして定期的に会合して親睦を深めたり、医療情報交換の場としていた。

会員が増えるにつれ医会報も作ろうという機運が高まり、昭和61年(1986年)
眼科医会報が創刊された。
創刊時の会長は新里幸徳先生で会員数は41名であった。
その後会員は増加し、現在は123名となった。

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2018年12月

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